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JCLFproject


2010 上海万博への提案
the suggestion of the Shanghai EXPO in 2010


 地球温暖化防止に世界が今、どのように強く連携し、この美しい地球の恵みを将来の子供たちへ襷のように受け渡すことが出来るのか? ランドスケープデザインの専門家集団であるJCLF(NPO法人日中ランドスケープフォーラム)は上海万博プロジェクト委員会を設立。2005年愛・地球博の会場総合演出プロデューサー涌井雅之氏を座長に、都市計画、建築、土木、造園の専門委員が議論を重ねるとともに、バイオマスエネルギーの専門家と意見交換した上で、21世紀の環境循環都市のモデルプラン「生態建築・GREEN PLANET」をとりまとめ、ここに提言する。

-生態環境建築-

涌井雅之
JCLF上海万博プロジェクト検討委員会座長
桐蔭横浜大学特任教授

生態環境建築とは

 「生態環境建築」。あまり耳慣れない言葉に映るものと思う。それもそのはず、概ね論者が作り出したといってもよい言葉だからである。

 500万年前に地球に登場したヒトにとって、本来は生存機能そのものであった自然環境が、1万年前の「農業革命」を経て、次第に経済の機能を果たすようになった。やがて300年前の「産業革命」以来益々その様相に拍車がかかった。そしてついに、我々は生存の限界を迎える状況に立ち入ってしまった。地球の気候変動に加えて、生物種の絶滅が、何と一日100種に達する勢いであることなど、地球、いや我々人類にとって赤信号は突き放しといえよう。それは我々の居住する生活環境がすでに、自然環境と隔離された高エネルギー消費を前提とした、施設環境に変貌してしまった故にほかならない。

 翻って世界を省みると、こうした施設環境に日常生活を支えられることなく、自然の恵みを最大化させ、自然からもたらされる圧倒的力を可能な限りいなす方策を講じ、見事なデザインを編み出した集落や建築物が、今でも散見できる。それは、自然に依拠した時代、都市も建築物も常に自然と向き合わざるを得なかったという状況もあり、その土地で生きるためのデザイン、いわば自然と呼吸をしたデザインを獲得する以外になかったからにほかならない。

 今、人類は第三の革命「環境革命」とでも呼ぶべき大変動の最中に置かれている。改めて「自然を人類にとって必須の生存機能と位置づけ、本来我々が自然から生活を守る術の一つであった建築を、自然と呼吸する存在とすべき」と言う主張が「生態環境建築」という言葉の発見につながった。しかしその本来の狙いは、後述する近未来都市のあり様を「生態環境都市」であるべきと考えている故に、その構成要因としての建築物もまたそうあるべきという観点からの主張である。

日本のデザイン特性、生態環境建築としての表現

 今日でも世界の片隅には、こうした自然と呼吸する建築に、現実に生きる人々を見出すことが出来る。それは概ね地場材料を生かし、土地の風土を読み取り、陽光や風向そして水利を勘案し最高の「場」を選定し集落を営み、建築している。

 我々の祖先もまた同様であった。何せ美しさの陰に多くの棘を隠した国土特性を持つ。「火」と「水」により生成され、世界の陸地面積の0.25%でしかない日本に、世界に起きるマグニチュード6以上の地震が20%以上集中している国土である。しかし我国の建築物は、ただ単に自然と呼吸した集落形成や、建築デザインを生み出しただけでなく、それを「美」の世界にまで高めたのが最大の特徴といってよい。まさに世界に誇れる文化である。ブルーノ・タウトが絶賛した「桂離宮」といった稀な水準の建築のみならず、土俗的な民家に至るまで、そのデザインの水準はきわめて高い。「2畳は温し」と言い放った利休が茶室の手本としたのは、庶民の苫屋そのものであった。

 最先端の工業化製品を用い建築物をデザインする近代建築を否定するものでは決してない。しかし、現在人々の感性を刺激して共感を高める建築物は、近代建築ではあっても、自然と呼吸する姿勢がデザインに滲み出している、例えば安藤忠夫氏の作品などに惹かれている。最近の人々が観光を目的とする訪問地を見ても、そのほとんどが、近代以前の都市や建築物を舞台にした文化を訪ねたいとする欲求は大きい。「秘境観光」などといった旅行企画に人気が集中している。我国でも同様、定番となった白川郷や木曽福島に加えて、福島県会津の「大内宿」など新しいフォークロアを探し懐かしそうにその雰囲気に浸っている。

 そこには近代建築にはない、全ての五感を刺激する優しさがあり、それが今求められている癒しをもたらしてくれると考えるのはどうであろうか。大人ばかりではない。論者が総合プロデューサーを務めた「愛・地球博」において、最も子供たちの人気を集めた出展物が「サツキとメイの家」であった。例え、居住の経験がなくとも子供たちもまた、自然と呼吸する生活に共感する感性を強く持っていると、思えてならない。

 およそ我国の芸術文化は、建築物のみならず詩歌から絵画に至るまで、自然を題材にしないものを見出すことが難しいほどである。取り分け日常の生活空間には、床飾りから引き戸などの結界に至るまで、その全てに「内と外」を途絶させぬ工夫が凝らされている。気象条件などの負の要因は、排してもなお内なる空間に外の景を取り込んでやまない。取り分け茶の空間には、そうした思想の極地が凝縮されている。だからこそ、武野紹鴎以来今に至るまで、我々日本人に茶道が大きく影響を及ぼしてやまないと理解できよう。そこには、日本人の自然と呼吸することへの信仰心に似た執着さえ感じるのである。

 そうした設えは、ただ単に感性的視点ばかりではない。むしろ物理的技術の論議に耐えうる程の技術的価値の高い知恵である。ドイツにおいてバウ・ビオロギー運動が起き始めた折、その成果がシュツットガルトの花博に出展されたのを機会に訪れ、実際につぶさに見学をした。その折の印象は、日本建築そのものではないかと、むしろ期待はずれの印象で帰国した。西陽を防ぐための植栽棚、風や暖気・冷気の取り入れといったパッシブソーラー「草屋根」。その全てが我国の伝統的建築に存在する知恵であった。

 

※GREENの語源
【ghra】─古代インド、アーリアン語
①生命 ②成長する

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